おすすめ!建築家向けの文章の書き方マニュアル本

建築家・デザイナーの皆さんにご用意して頂く資料の一つに、作品のコンセプトテキストがあります。圧倒的な文章力をお持ちの方も勿論いらっしゃいますが、その文章がきちんと伝わるかどうかという視点で読ませて頂くと、少々アドバイスさせて頂いたり、リライトが必要になってくるケースがよく見受けられます。何か基準となるようなものがあれば良いなぁ…と思っていたところ、現役の建築家が書いた「The Architect’s Guide to Writing」という本に出会いました。

2014年にオーストラリアのImages Publishingから出版された本で、著者は、国際的な建築事務所Perkins+Willの建築家Bill Schmalz氏。私からビルさんにメールを送り、このコラムで日本向けに紹介する許可を得ました。本を書くきっかけについて尋ねたところ、彼自身最初から文章のプロであった訳ではないと話して下さいました。図面を描く設計士としてキャリアをスタートして数年経ったある日、所内のスキルアップ講座として若い建築家を対象に文章を書くセミナーを担当することになり、それを機に出版物などから勉強し、また実際に沢山の文章を書くことを通じて方法論を確立していったそうです。

本書は、建築家、インテリアデザイナーを始め、建築業界に携わるあらゆる人たちに向けた実践的な文章の書き方マニュアル本という位置づけになるかと思いますが、ユーモアあり、コミカルなスケッチありで飽きることがない内容です。文法、句読点等の正しい使い方からユニバーサルな数字表記の仕方まで網羅していますので、普段から海外プロジェクトを抱え英語で仕事をしている方には実務にすぐ活かすことができる実用書となるでしょうし、時々海外からの問い合わせ等に自己流で対応しているというような方にとっても、今後の対応に違いを生み出してくれる指南書となってくれるでしょう。純粋に、この本を通じて誰もが文章を書くことに対してあらためて真摯に向き合ったり、何かヒントを得る機会になるのではないかと思います。

本の内容を少し抜粋してご紹介します。

“業界外の人から見ると、建築、デザイン業に属する人達はとかく「ビジュアルを扱う人」と捉えられがちです。実際建築家はビジュアルアーティストとして、2次元、3次元で建物・空間・街を描くトレーニングを受けます。スケッチ、模型作り、図面を描くことも習います。同様に施工者やコンストラクション・マネージャーは、スケジュール管理や見積り、建物をつくる為に必要なトレーニングを受けます。これらは私たちデザイン・建築業界に携わる者にとって欠かせないスキルと言えます。しかし、「書く」というスキルについてはどうでしょうか。実際に業界に足を踏み入れてから、メール、資料、提案書、レポート、契約書の作成など、私達の日常がいかに文章を書くことで溢れているか、そしてプロとして仕事をする上で文章力があることがどれほど重要かに気づかされます。そして、文章を書くことに対する準備など、ほとんどして来なかったという現実に向き合うことになるのです”

“ミースの「神は細部に宿る」という言葉通り、私たちはディテールを凝るなど建物や空間をデザインする際にはそれをきちんと意識していますが、文章を書く際にも、同じくらい注力するべきなのです”


“文章をどのように書くか、という判断は大いにリスクマネージメントの要素を含んでいます。例えばクライアント宛の文章を書く時にも、どれ位礼儀正しくするべきか、カジュアルにしておくかを判断しますが、その判断が間違っていた場合どうなるでしょうか。書いている相手に実際に会いに行くことを思い浮かべると良いと思います。タンクトップと短パンで会いに行くような相手でないのであれば、文章もタンクトップと短パンのような文章にすべきではないのです”

耳が痛いですね(笑)


(c)Bob Gill

究極の文章の書き方のコツはなんといってもこれでしょう。

【読み手の権利章典 5か条】
第一条 内容は書き手の意図を完璧に表現していること
第二条 書き手は文章がわかりやすいものになるよう最大限の努力をしていること
第三条 文章を必要以上に難しくしていないこと
第四条 文章を必要以上に長くしていないこと
第五条 書き手は文章を校正し間違いを訂正してあること

この本の中で一貫して強調されているのは、誰もが理解できる文章にすること(実際、この本自体が驚くほど読みやすいのです!)そして、文章の目的は何か、読む人は誰か、用途は何かということを意識すれば、自然と正しい表現や言葉選び、適切な長さや内容になっていくと説いています。

異なる言語や文化圏の人達との海外コミュニケーションにおいても「読み手の権利章典5か条」は有効です。私自身、以前はよく格好良い英語の言い回しなどを意識しすぎて、ミスコミュニケーションが起きるという失敗を経験しました。現在英語を使う時に意識していることは、”分かりやすいか”、”他の意味に捉えられることがないか”の2点のみです。 もし当時この五か条を知っていれば、随分違っていたのではないかなぁとも思います。本のChapter18「Writing Internationally」で、異なる言語間でのコミュニケーションに触れていますので是非参考にしてみてください。


(c)Bob Gill

また本書では「余計なものは取る」という清々しいほどすっきりな文章にできるルールも紹介されています。

Personally, I think we should go with the low-rise scheme.

The site was completely cleared.

例えば上記のような文章を書く時、personallyやcompletelyを入れてしまいがちです。しかし、これらが不要であることに気付いている方はそういないのではないでしょうか。考え方としては、「無くても別段意味が変わらないような言葉は入れる必要なし」ということなんですね。

最後に、ビルさんに、建築家と文章力の関係についてコメントを頂きました。
「僕自身、キャリアを積めば積むほど文章を書くことが多くなり、そういった意味では、文章力を向上させたことで建築家として飛躍することが出来ました。クライアントとのやりとりの多くが文章で行われていることを考えれば、やはり良い印象を残せるかどうか、誤解を招くような表現になっていないかどうかは重要です。文章力のある建築家は、成功する確率もより高くなると言えると思います」

デザイン力と文章力、同時に磨いておいて損はなさそうです。

The Architect’s Guide to Writing: For Design and Construction Professionals